Re: 七紋の英雄〜王国の返還〜 ( No.9 )
日時: 2009/07/25 18:52
名前: 隆起 ◆X04L3X1mws (ID: ???)

第一話「魔力を持つ赤子」

 王の国の支配下に置かれる首都『フィスカッタ』。白いレンガ作りの家々が灰色の塔を囲むようにして連なっている。その『フィスカッタ』の一角、中心部から離れた貧乏な家庭が暮らす区域から産声は聞こえきた。弱弱しい産声だったが、期待の意が篭っているのが感じ取れる――だが、その産声をかき消すように落胆の一声が漏れる。

 「あぁ、どうしましょう!」

 赤ん坊を抱きかかえたみすぼらしい頭巾を被った老婆が、息を切らしながら横になっている髪の長い女性に形相を向けながら言った。

 「どうしたの?」

 と、髪の長い女性は訊ねる。

 「この子……背中に……“紋”が……」

 その一言を聞いた途端、髪の長い女性の表情は一変した。先ほどまで出産で疲れ果て、ようやく自らの子供の顔を拝めると思った矢先の出来事で、彼女の顔は蒼白になっていた。
 
 「紋……アンジェラ、本当なの!?」
 
 髪の長い女性は再び訊ねる。嘘であってくれ、そう刹那に願ったであろう。彼女は出産で体力を使い果たしたにも関わらず、地面に手を押しつけ身体を起こし上げる。

 老婆は女性を制止しようとしたが、女性はそれを拒み、最終的にはフラつきながらも自分の足で立ち上がり、老婆から赤ん坊を引き取った。

 そして、女性は目を震わせながら、引き取った赤ん坊に巻かれている布をゆっくりと剥がして行く。生まれて間もない赤ん坊の皮膚はほんのり赤く、濡れている。それを見ると思わず髪の長い頬は緩んだが、すぐに顔は硬直し始めた。

 赤ん坊の小さな背中には、青い四角が刻まれている。その四角の中に恐らくドラゴンと思われる姿が描かれていた。背中に二枚の翼が生え、口から除かせる牙は剣のように鋭く、息吹には炎が混じっている。

 「どうしましょ、これが王に見つかったら……。ルーシィ、アンタはその子を産んだ親として確実に処刑され、その子は体中に流れる血を絞り――」

 「やめて!」
 
 髪の長い女性が叫ぶ。
 
 その叫びは自分の死に対する恐怖では無く、赤子がこれからあうかもしれない事に対する悲痛の叫びだった。

 「私……死んでも構わない。だけど、この子だけはどうしても生きて欲しい!」

 「何でそこまでその子に拘るんだい! その子はアンタを見捨てた男の子じゃないか!」

 老婆は鼻息を荒くした。

 「あの人の事を悪く言うのはやめて、あの人にだって何か事情があるのよ!」

 「事情!? 事情だって!? この後に及んで……ルーシィ、アンタって人はお人よしにも程があるよ!」

 老婆は近くの窓に歩み、外に首を伸ばした。外に誰もいない事を確認するとすぐさま窓を閉める。ドアを閉めると裸足の汚れた足でペタペタと狭い家の中をグルグルと周り始める。

 「ルーシィ、『エルフ』にどんな事情があったって言うんだい! アンタはアイツの一時的な女に過ぎなかったんだよ! エルフなんて皆そうさ、信用出来ないね。人間も信用出来ないこの時代に何でエルフを信用出来るんだい!」

 そう、この赤子の父親はエルフだった。女性が抱いているこの赤子は『人間』と『エルフ』のハーフ。つまり、異形種と呼ばれる『ユギト』である。外見はエルフと変わらないが、魔法は使えず、身体能力は人間並みの出来損ないだ。

 「あの男がアンタとこの子に残したのは“紋”って言う呪いだけじゃないか!」

 「“紋”は呪いじゃないわ、王がそう言ってるだけよ」

 髪の長い女性は毅然と答え、息を吐く、そして、まだ少ししか生えていない赤子の髪を撫で、小さく微笑む。

 「何でアンタにそんな事が分かるんだい?」

 「……アンジャラ、この子を見て」

 老婆は赤子の顔を見る為に首を伸ばす。

 「普通の赤ん坊じゃないか。耳が尖っている以外はね」

 「違うわよ。良く顔を見て。この子の寝顔、静かに寝てるじゃない。背中に呪いの紋があるのにこんな風に寝れる? この紋が本当に呪いの紋なら、赤ん坊がこんな健やかに寝れるの?」

 そこで老婆は黙った。戸惑ったように女性から視線を外し、考えるように目を伏せる。

 髪の長い女性は赤ん坊を抱く腕を揺りかごのように動かす。頬を緩ませ、目を細くする。我が子に対する期待感に胸が躍っている訳では無い。恐らく、この子に待っているのは辛い運命だろう。だが、女性はこの子に何かを感じ取っていた。